いつのまにか骨折のお話
理由はわからないけれどどこかの部位が痛むという相談の場合、骨・筋肉・関節はもちろんですが、神経や内臓まで気にかける必要があります。痛みそのものは目に見えませんから、からだを触って腫れ・むくみ・熱感を調べたり、いろいろな検査を行って見当をつけていきます。その中で見落としやすい故障のひとつが「いつのまにか骨折」です。骨折なのにどうして見つかりにくいのでしょうか?
1 誰もがそうは思わない
推理小説を読むと、いかにもあやしく犯行の動機がありそうな人物が複数登場します。その一方、善良そうでどう見てもあやしくない人物が出てきて、(この人は犯人ではないだろう)と考えていると意外に犯人だったりします。「いつのまにか骨折」はこの犯人によく似ています。まず、ぶつけたとか転んだりといったきっかけがありません。痛い場所を触ると軽い腫れやむくみが見つかることもありますが、多くのケースでは目立つ変化がありません。レントゲンを撮影すると正常に見えることがほとんどです。患者さんもけがをした記憶がありませんから、骨折を心配して病院に来たわけではありません。どう考えても骨折ではない。そう思ってしまうと見つからない骨折です。
原因がはっきりしないのになってしまう骨折なので「いつのまにか骨折」と言われるのですが、原因がないのではなく、目立たず、本人が気づいていないのです。
2 実際のケース
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若い女性が足の痛みを訴えて来院しました。販売の仕事で歩くことが多いのですが、ケガをした記憶はありません。初回のレントゲンで正常だったものの、骨折かもしれないと本人に伝えました。1ヶ月後のレントゲンではっきりと診断がつきました。
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大学のサッカー選手が膝の痛みを訴えて受診しました。歩くくらいなら大丈夫だが、走ると痛むそうです。診察では膝そのものはほとんど正常で、レントゲンも異常ありません。やはり1ヶ月後のレントゲンで骨折が明らかとなりました。
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50代の男性が足首の痛みで来院、最近マラソンを始めたが、ケガはしていないそうです。やはり1ヶ月後のレントゲンで初めて骨折とわかりました。
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60歳の女性が膝の痛みで来院、とくにケガはしていないそうです。やはりしばらくして骨折とわかりましたが、後で思い返すと、バスに乗り遅れないように走った時にちょっと痛かったのだそうです。
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30代の男性が胸の痛みで来院、一ヶ月前から咳がひどかったそうです。肋骨の腫れと圧痛から肋骨の骨折と考えられました。
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70代の女性が腰痛で受診、頭脳明晰な方でしたがいっさいケガはなかったそうです。レントゲンで腰椎の圧迫骨折とわかりました。
①②③⑤は疲労骨折、④⑥は脆弱性骨折と呼ばれています。わずかな力が繰り返し骨にかかると、目に見えない小さな骨のひびが出来てきます。あまり歩くことの多くなかった人が、転職・転勤で急に歩く量が増えたとか、スポーツの運動量を急に増やしたときが典型例です。疲労骨折のように年齢に関係なく起きる場合もあれば、脆弱性骨折のように骨粗鬆症などであらかじめ骨が弱くなっているために生じることもあります。この場合、立ち座りのくせ、歩き方のくせや前かがみの作業などで繰り返し負担がかかり骨に微小なひびが入りかかっていたものの症状はなかったのですが、ちょっとしたきっかけで実際に痛みを伴う骨折を生じたのだと考えられます。
3 見つけ方は?
あっと驚く人物が犯人だった小説では、名探偵が推理をして犯人を特定します。名探偵はどんなに善良で無実に見える人も除外せずに調査を行って、論理的にあらゆる可能性を考え、この人以外に犯人はありえないと見極めます。「いつのまにか骨折」の診断で大事なのは、はっきりしたケガのあるなしに関わらず骨折の可能性を除外しないことです。そうすれば、骨折がないと思い込んで無視しがちな微妙な局所の熱やむくみを見逃さないし、よく見ないとわからないような微妙なレントゲンの変化に気づくことができます。たしかにそれでもわからない場合があり、外来で困ることもあります。最近では怪しい時にMRIで調べると普通のレントゲンでは見えないひびが見えるので、とても助かります。
4 どうしたら治るのか
このように「いつのまにか骨折」は診断が遅れることも多いのですが、治療そのものは難しくなく、患者さんに説明して骨折の原因になった負担を減らしてもらい、睡眠や食事に気を配り、体の自己修復力がしっかりと働くようにして骨折が治るのを待ちます。骨粗鬆症のある人ではビタミンDなどの薬物療法を追加すると治りが早くなります。歩き方や動き方のクセを直したり、履物の買い替えやインソール(中敷)の追加で体にかかる負担を減らすこともあります。運動不足の人が急に運動し始めて骨折することもあるので、トレーニングのアドバイスもします。まずは早く診たててもらうことが大事ですので、わたしたち医者がしっかりとしないといけないわけです。
決して恐ろしいものではない「いつのまにか骨折」ですが、理由がよくわからないのにどこかが痛くなりなかなかすっきりしないときは、こんなこともあるのだと覚えておいてください。