東洋医学・手技療法との出会い
私たちはビルの3階にある小さなクリニックですが、ちょっとだけほかの診療所と違うかな~と思うのが漢方を使うことと、手を使った治療を重視することの二つです。ある雑誌から小文を依頼されたので、やや内容をかみ砕きながら紹介します。
1 東洋医学との出会い
医者になって2年目、大学病院で診療を行っていた時、杖をついた年配の外国人女性を診察したことがあります。腰下肢痛の相談である病院を訪れ、勧められて手術を受けたこと、手術後も痛みが続き、他にも色々とあたってみたが治らずにこの病院にやってきたという話を伺いました。手術はきちんとやったようだし、有名な先生が執刀医だし、ろくな経験もない若造だから、話を聞く他はありませんでした。治療でやれそうなことはすでにやっているし、心の病気だと言われ精神科に回されたという話を聞いて気の毒だと思いましたが、何をしたらいいかさっぱりわかりません。苦しまぎれに当帰芍薬散という漢方薬を処方して、とりあえず帰ってもらうことにしました。
1週間後、患者さんを拝見しました。恐る恐る様子をうかがうと、なんと!持っていたはずの杖がない!患者さんがニコニコしている!ぼうっとして後のことはよく覚えていないけれど、「ユーアーソー、カインド」(あなたは親切ね)と言われたことはしっかり記憶しています。
これが私の東洋医学との出会いです。その後、妻の母親が薬剤師で生薬の研究をしていたこともあり、漢方の勉強を始めました。漢方の診断は独特で、あいまいに見えるのですが、ときにはとても役に立つ治療法になるのです。ふつうのクスリでは効果がないとき、どう対応していいのかわからないとき、漢方を勉強してよかったなと実感します。
2 手技療法を発見する
大学病院に研修医として配属されたときおどろいたのは、いきなり患者さんを診させられたことです。学生のころに聴診器の当て方や打腱器の使い方を習ったとはいえ、大学ならではの高度な診察法を苦労しながら会得するものだと思っていたので、医者とはいえ素人に毛が生えたくらいの自分が患者さんを診ていいのか大いに迷いました。難しい患者さんは偉い先生や先輩たちが診ますし、必要なら診察を換わってもらうことができるのですが、実際に手を使った診察法はほとんど教わることがありませんでした。レントゲンなどの画像検査や血液検査の読み方は厳しく指導され勉強になりましたが、患者さんの顔を見て、話を聞き、体を触る診察は各自が見よう見まねで覚えるばかりだったと思います。そんな中で腰痛や肩こりなどよくある相談に対する一般的なアプローチに疑問を持つようになり、手技療法が気になり始めました。ふだんの仕事とは別にいろいろ調べて、民間の治療法の中にも教わるものがあることを知った一方、非科学的・独断的で危険な方法があることも分かりました。海外では手技療法に一定の評価があり、ふつうに医療の中に組み込まれたり、協力関係ができていることも知りました。そこで、外国から本を取り寄せては読み続け、少しづつ自分の診療に取り入れていきました。
3 開業する
医師となり10年、それなりに手術もできるようになり、いくつかの資格もとることができました。しかし依然として整形外科の診断治療法には問題があると感じていて、なんとかできないかと思うようになりました。たしかに手技療法は効果的だが、どんな場合にも「効く」わけではありません。くすりや注射は対症療法だと言われるが、症例を選べば即効的で良い治療法になります。手術も同じで、つまるところ適否をしっかり知ることがだいじなのです。そこでいろいろと考えた末、漢方と手技療法を主体とするクリニックを開くことになりました。
それから20年当地で開業していますが、仕事が楽しくできているのは漢方と手技療法を知ったおかげと感じています。一見全くちがう治療法のように思えますが、どちらも大まかな検査ではとらえきれないわずかなからだの変化を見極めるノウハウがあり、これを自分なりに整理して使うことで、どんな時にどの治療法がいいのか、あるいは治療よりもじっと様子を見るだけだったり、体操やストレッチを行ってもらうほうが良い場合があることもわかるようになってきました。少し専門的に説明するなら、筋肉や関節などレントゲンに写らない軟部組織の評価をきちんと行わない限り、どのような治療法も危険になり得るので、触診による評価をもっと精巧に行う必要があるのです。
4 この先は
ところで、はじめての漢方治療が奏効したのはどうしてでしょうか?じつは手技療法でも、漢方ではない薬でも、びっくりするような効果を経験したことが何回かあります。予想される効能をはるかに超えて効く事があるのはなぜなのでしょうか?明快な答えはできませんが、あのとき患者さんに「あなたは親切ね」と言われたことが忘れられず、仕事が忙しく、話が長い患者さんと接して気がせくときに、いつもその言葉を噛みしめるようにしています。相手を理解したい、治せなくても少しは楽にしてあげたい。小さいクリニックなりにできることをしたい、そういう気持ちをこれからも忘れないようにしたいです。そしてもうひとつ、軟部組織の評価法をさらに工夫して、広めていくことができるといいなと考えています。
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