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人間はおさかなだった
小さいころの怪獣好きから恐竜の本に夢中になり、博物館の恐竜骨格に感動しました。すこし大きくなると生き物の進化の本を読むようになって、小さな単細胞の原始生命から地球上のあらゆる生き物が生まれてきたという不思議さに胸をときめかしました。いまでも生物と進化論の話は私のフェイバリット(お気に入り)ですが、進化がわかればお医者さんの仕事もわかります。医療に役立つ進化の話です。
肩はえらぶた、うではむなびれ
人間と魚の先祖が大昔には同じだったことはたしかなのですが、どんな形をしていたのかはっきりしたことはわかっていません。ですが右図のようにほぼ今の魚に近いかっこうであったようです。えらぶたが外側に大きく張り出して、そこにむなびれがつながっている様子を想像すると、人間の肩~うでにどこか似ているような気がしませんか。じつは長い進化の歴史の中で、えらぶたが肩へ、むなびれが腕へ変化したと考えられています。親から子への変化はきわめてわずかであっても、何億世代も小さな変化が続くとほとんど信じられないくらい形や機能が変わってしまいます。えらはなくなったもののえらぶたは肩となり、水をかいていたむなびれはものを握れる腕に変わっていったのです。
おしりとかかとは遠くて近い
魚よりもずっとむかしの御先祖のピカイアはミミズのようなナメクジのような姿をしていました(図2)。
Wikipediaより
人間の先祖もおサルまではしっぽがあり、むかしの尾びれの名残だったのですが、いまは尾骨になっておしりの中にたくしこまれています。
ピカイアやミミズの場合、あたまからしっぽ?までが短いふし(節)に分かれていて、基本的に同じ節をたくさん並べて体ができあがっています。人間のからだははるかに複雑ですが、おどろくことに皮ふ表面の神経配列はこの体節構造のままになっています(図3)。これを見ると肩から手にかけて、腰から足にかけて帯状に線が引かれているのがわかります。肩と手、おしりとつま先はそれぞれ遠く離れていますが、神経の配列は同じグループです。この神経の配列を知っていると神経痛などの診断・治療がわかりやすくなります。
横隔膜は肩の筋肉
おなかと胸の間には横隔膜という筋肉があり、呼吸をするときにだいじな働きをしています。横隔膜は哺乳類にしかなく、鳥や(おそらく)恐竜では代わりに気嚢(きのう)という構造を使って呼吸をしています。横隔膜があるから肺をしっかり動かしてじゅうぶんに酸素を取り込み、長い時間動き続けることができるのです。この横隔膜、肩の筋肉の一部だったという説が有力です。人間のからだでは横隔膜は肩よりずっと下にあるのに、どうしてそうなるのでしょうか?進化の流れで見ると、肺は魚のうきぶくろと同じで、もともとはのどの途中にあるくぼみでした。これが複雑に発達して肺に変化していくときにからだの後ろのほうに移動していったのです。横隔膜も一緒に移動して、とうとうからだの真ん中まで降りていきました。だから、肩と横隔膜の神経は今でもつながっています。肝臓、肺や心臓など横隔膜のそばにある臓器に故障が起きると横隔膜が刺激を受け、肩が痛くなるのはこのためです。
進化が分かれば病気もわかる
腕が痛いのにどうして五十肩だと言われたのだろう?手や背中がしびれるのにくびが原因なのはどうして?ひざや足首が痛くて病院に行ったのになぜ腰を調べるのだろう?お医者さんの診察はなぞのようで、よくわからないことがあるはずです。わからない理由の一つは体の中のいろいろな臓器や神経の配置・配線図が複雑で、ふつうに考えればとんでもないところでつながっているからです。でも今では配線のかなりの部分はわかっていて、お医者さんのトレーニングでこれを頭にたたきこまれます。後はきちんと診察・検査をして配線のどこに問題があるかを突き止めれば、オーケー!となります。
そして治療にも役立ちます。腹式呼吸がどうして健康にいいのか、横隔膜がどうして哺乳類で発達したのかを考えればよくわかります。からだの仕組みの「なぜ?」を知ることは、すなわち進化を知ることと同じ。そう言っても言い過ぎではないでしょう。
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