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(整形外科・リハビリテーション科・漢方外来)
長いこと患者さんを診ていると、何となく(この人、ちょっとあぶなっかしいな)と思うことがあり、それから数年たつと認知症がはっきりすることが多いと感じています。この(あぶなっかしいな)という感覚がどこから来るのかずっと気にしていましたが、ぴたっとくる意見がなかなか見つからなかったのです。ところが、星城大学の竹田徳則先生達が作成された「認知症簡単チェック」を見て、これだっ!と思ったので紹介します。竹田先生は現場で活躍されている作業療法士さんで、まだ本格的な認知症とは言えないけれど、将来的に認知症になりやすい人たちをかんたんに見分ける方法としてこのチェック表を作りました。では見てみましょう。
| 認知症チェックリスト | はい | いいえ | |
| 1 | 現在あなたは75歳以上ですか | 3点 | |
| 2 | 現在収入のある仕事してますか | 1点 | |
| 3 | 現在糖尿病と診断されてますか | 1点 | |
| 4 | 物忘れの自覚はありますか | 1点 | |
| 5 | 今の生活に満足してますか | 1点 | |
| 生きていても仕方ないという気持ちになることがありますか | 1点 | ||
| 毎日の活動力や世間に対する関心が無くなってきたように思いますか | 1点 | ||
| 生きているのがむなしいように感じますか | 1点 | ||
| 退屈に思うことが良くありますか | 1点 | ||
| 普段は気分がいいですか | 1点 | ||
| 何か悪いことが起こりそうな気がしますか | 1点 | ||
| 自分はしあわせな方だと思いますか | 1点 | ||
| どうしようもないと思うことが良くありますか | 1点 | ||
| 外出するより家にいることの方が好きですか | 1点 | ||
| 他人より物忘れが多いと思いますか | 1点 | ||
| こうして生きていることが素晴らしいと思いますか | 1点 | ||
| 自分は活力が満ちていると思いますか | 1点 | ||
| こんな暮らしは希望がないと感じますか | 1点 | ||
| 他人は自分より裕福だと思います | 1点 | ||
| 6 | あなたの心配事や愚痴を聞いてくれる人はいますか | 1点 | |
| 7 | スポーツ的活動へ参加してますか | 1点 | |
| 8 | バス・電車を利用して外出することが出来ますか | 1点 | |
| 9 | 食事の用意をすることができますか | 1点 | |
| 10 | 請求書の支払いをすることができますか | 1点 | |
| 11 | 年金書類を作成することができますか | 1点 | |
| 12 | 新聞を読んでいますか | 1点 | |
| 13 | 病人を見舞うことができますか | 1点 | |
| 合計 |
点 |
||
問5の小計は5点以上の場合は1点
1から4までは大まかな認知症の危険因子をチェックします。75歳以上、仕事の有無、糖尿病、物忘れです。たしかに仕事のある人に元気な人が多い印象があります。
質問5の枠で囲んだ部分です。「仕方がない」「関心がない」「むなしい」「たいくつ」「どうしようもない」「希望がない」といったことばがある一方、「気分が良い」「幸せ」「すばらしい」「活力」など明るい印象のことばも並んでいます。ネガティブな気持ち・考え方が強い人ほど点数が高くなり、結果的に認知症になりやすいことが示されています。
人は一人では生きられないので、あちこち出かけて他人と出会い、話をしたり用事を済ます必要があります。体をふだんから動かしていれば、脳もまた活発に働いています。また、同じことをしても、いやいや行うのか積極的に行うのかでちがってくるでしょう。自らが積極的に活動しているかどうかを質問6~13で確認しています。
各項目ではい・いいえに〇を付けていきます。点数のところに〇がついたら1点(質問1だけ3点)、合計して自分の得点を確認します。
9点以上の点数の場合、今後5年間で認知症になる確率は5割弱、5から8点では1割くらいになるとのことです。
認知症の有無・程度を見分ける方法にはいろいろなテストがありますが、気分に着目したチェック表は珍しいです。わたしは整形外科医なので、本格的に認知症を診てはいませんが、気分と認知症につながりがあると考えていました。気分の障害が原因なのか結果なのかははっきりとわかっていないけれど、生活習慣を変え、気持ちを明るくしていくことが損になる人はいないでしょう。
習慣を変えていくには、まず2週間がんばってみることです。2週間続けることができれば、その後が続く可能性が高いそうです。あちこち出かけて人と話す機会を作る。一念発起してなにか運動を始めてみる。用事がなくても物見遊山に行く。自分で買い物に出かけ、新しい料理にチャレンジしてみる。部屋を片付け、放っておいた書類を整理する。図書館に行ってふだんは読まないような雑誌や本を読む。パソコンやスマホを持っている人は、新しいアプリや操作法を使ってみる。生活を変えてみれば気分も変化していきます。小さなことでいいですから、何かを始めて2週間、まず続けてみましょう。
バック・トウ・ザ・フューチャーで博士が乗っている未来の車デロリアン。生ごみを原料にして走ります。生ごみではありませんが、布地から燃料を作る技術がすでに実用化されています。綿製品を酵素で分解し、発酵させてアルコールを作ります。今のところはボイラーの燃料として使われているようです。皆さんもご存知の通り、ポリエステルは回収されてペットボトルや布地に繰り返し使われています。生ごみからはメタンガスを回収し、さらに水素を取り出し燃料電池として利用することも始められています。都市ガスのエネファームはガス内の水素を使って燃料電池を充電し電気を生み出しています。ごみは宝の山に変わりつつあるようです。
これを書いている今、マラソン大会の後なので、あちこちに痛みや張りが残っています。どこにどんな張りがあるにかで、走り方が良かったのかいまひとつなのかわかります。回復のスピードで、練習不足や体調はどうだったのか見当がつきます。運動が体に良いけれど苦手と感じている方もいるでしょう。苦手にしないためにどうすればいいのでしょうか。
医学の歴史は絶えずまちがいを正すことで進歩してきました。運動に対する考え方もその一例です。からだの調子が悪いとき、まずは安静にして回復を待つ。一見すると正しいようですが、急性期を過ぎれば、むしろからだを動かした方が調子が良くなることが多いのです。動くことによって血行が良くなり、消化器は活発に蠕動し、神経系のバランスが整います。筋肉を動かすと、筋肉そのものからさまざまなエンドカイン(ホルモンのなかま)が出て、脳や免疫系に刺激を与えます。
以前はさまざまな慢性病に対して安静がすすめられました。結核のような胸の病、心臓病、腎臓病など、運動をすると疲労を招き病気を進行させると言われる病気がたくさんありましたが、現在では適度の運動は病気の回復のために必要なことが分かってきました。長期にわたる地味な調査や厳密な実験結果が積み上げられて、ゆっくりと、しかし着実に運動の効能がわかってきたのです。
ではありますが、「おだいじに」の言葉のように、まだまだからだの不調時に安静というイメージは拭えていません。「アルプスの少女ハイジ」に出てくる車椅子の少女クララは典型的です。クララが初めて勇気を出して一歩を踏み出そうとするシーンは感動的ですが、現代のようにもっと早くから歩行訓練を開始していたら、車椅子はいらなかったのに・・・とも思います。
からだが故障していても気にせず、ガンガン運動しろということではありません。たとえば心臓病や腎臓疾患の場合、ウォーキングが良いことが調査で明らかなものの、ランニングまで行くと少しキツすぎるとのことです。こういった研究では全般的な傾向を調べますから、一人一人の病気の度合い、もともとの体力差などは統計のすき間に隠れてしまい、「歩くといってもどれくらいのスピードで?」「若い人と年配の人のちがいは?」といった質問には答えてくれません。今のところは軽く汗ばみ、息が上がらない程度の運動ならオーケーと考えてください。
もう一つ、軽い故障があるときに、運動はつづけてもいいのでしょうか?答えは「運動を一定期間続けても、わずかずつ症状が改善するか現状維持なら続ける。徐々に症状が強くなるなら、中止して様子を見る」ことです。いつもベストの体調でいるのはムリです。花も嵐も踏み越えて、ちょっとタフな気持ちで運動を続けることも必要です。
もともとの体力がどのレベルであっても、続けていけば必ず体力が向上し、前にはムリだと思っていたことができるようになり、ここまできたか!と実感できるようになります。そうなるとうれしくて、さらに先に進みたいと思うはずです。一人で運動を続けるのも十分楽しいですが、同じ運動をするなかまと交流することがまた楽しみの方も多いと思います。
ゲームの勝敗や記録の向上も良い刺激になる一方、それにこだわりすぎるのは考えものです。勝負は時の運、体調や天候などで結果は変わってきます。また年齢を重ねれば、若いときと全く同じとはいかなくなります。それでも運動を楽しみにできます。一挙手一投足に最善を尽くし、勝ち負けを超えたところで技を極め、動きそのものを楽しむことができれば深い満足が得られるはずです。
ゼロと1の間は、1と10の間よりも大きい。これは運動指導の際に、私がスタッフにアドバイスしている言葉です。長い間まったく運動をしていなかった人が、週に一回、10分運動するようになったら、これはすごいことです。さらにそれを長く続けていけば、動くこと自体が楽になり、しだいに運動量は増えていくことでしょう。初めの一歩を踏み出すには勇気が必要で、おおげさに表現するなら自分の生き方を変える始まりになります。その一歩エライ !! と自分を褒めてあげましょう。何年先になるかはわかりませんが、あなたはなりたい自分に近づく一歩を踏み出したのです。
ダイエットが目的で運動を始める人には耳寄りな話があります。運動をした後、数時間のあいだは新陳代謝が高まる(EPOC:エポックと言います)ことがわかっていて、こまめに体を動かすだけでカロリーを消費しやすい体質になっていきます。いきなりきつい、つらいことをしないで、こんなものでいいのかな?と思うくらい軽めの運動からまず続けてみてはいかがでしょうか。
高齢者の歩く速度を比べてみると、10年前より明らかに速く歩いていることがわかっています。これは若い人でも同じで、昭和30年代にはみんなもっとゆっくり歩いていたようです。ゆっくり、長い時間歩くということは、生活も今に比べのんびりだったのかな。みなさんの思い出はどうですか?
白なら白。黒なら黒。すっきりとどちらかに決められたらとても楽です。子供のころ、両親とテレビを見ているときに「この人、いいもん?ワルもん?」と聞いて笑われました。善悪の判断がなかなか難しいように、世の中のことはおしなべて白とも黒ともつかないものです。今回は病気ともいいきれない微妙な体の変化について触れてみましょう。
気温、湿度、気圧の変化で体調が変わる人がいます。雨の前に古傷が痛くなったり、気圧が下がるころに頭痛が出たり、めまいや耳鳴りが起きる人がいます。あるいは気温が下がるころに元気がなくなったり不安が強くなる人がいます。たいていは天気が崩れる前後に調子がおかしくなりますが、なかには天気が回復するころに体調が乱れる人もいます。こういったことは世間的によく知られていましたが、愛知医大の佐藤純先生の研究で内耳(耳のおく)に気候の変化を感じる働きがあって、気候の変動が自律神経に影響を与えることがわかってきました。自律神経は脳、皮膚、内臓や関節などあらゆるところに関わっています。だから、気候がいろいろな体の不調に影響してもおかしくないわけです。
たいていは、もともとの症状が気候の変化に伴って強くなったり軽くなったりします。片頭痛、リウマチやぜんそくなどでよくみられ、症状で雨や低気圧の予想ができる人もいるくらいです。好不調の波を感じる人は、一度気候との関係を疑うといいかもしれません。スマホを使う人は「頭痛―る」という無料アプリが便利です。頭痛以外にも使えるアプリです。気圧の変化であなたの症状が強くなっていないかわかりやすく調べられますよ。
アルコール筋痛症という病気があります。お酒を飲むと体のふしぶしがとても痛くなりますが、飲まなければまったく問題ありません。アルコール(エタノール)を飲める人は多いですが、思いがけない症状(副作用)が出て体に合わない人は確実に存在します。これは食べ物の中に含まれる膨大な数の成分それぞれに言えることで、個人の体質に合う・合わないがあることは不思議ではありません。たとえばカフェインの副作用の一つに下痢がありますが、私の場合はコーヒーを飲むと便秘になります。でもコーヒーを数杯飲んでも特に問題がない人もいっぱいいるでしょう。
お医者さんの仕事の基本は「誰にとっても役立つ治療法をみつける」ことですから、AさんならAさんだけに通用する食べ物への反応、薬の相性、予防法などは本にも載らず、お医者さんもよくわかっていません。将来的にはひとりひとりに合わせた食事法、薬の使用法がわかる時代が来る可能性がありますが、今のところは自分でトライアンドエラーをするしかありません。「あれを食べた後は調子が悪い」と思ったら、そのことを気に留めておきましょう。もっときちんとやりたい人は、食事の内容と体の調子を毎日メモに取り、時々見返してみることです。意外な発見があるかもしれませんよ。
年をとるのは悪いことばかりでないけれど、体の不調はどうしても増えてきます。中年期の患者さんが「こんなことは今までなかったのに…」「人生で初めてです」と話すのを聞き、そりゃそーだ!と密かに考えることがあります。
どんなことでもはじめては不安になるものです。学校生活、仕事や家庭生活・育児もみんな初めてで、どきどきワクワクしながら生きてきました。しかし、若いころは得ることが大きく失うものが少なかったのに、年をとるとその逆になってしまう。だから今まで当たり前と思っていたことがそうではないと自覚するととても不安に感じるのです。
実際、外来で扱う患者さんの相談の大半は、突き詰めてみれば症状そのもの以上に不安自体がつらい理由になっています。不安を軽くすることはできるのか、考えてみましょう。
まず、体の調子には波があり、気候のように自分でコントロールできないことからも大きな影響があるのを知ることです。毎日の体の変化のたびに気持ちがピリピリしていたら疲れてしまいます。いい日があれば、悪い日もあるさ!と思うだけで心が軽くなります。
また自分の体はほかの人と全くちがうことを知りましょう。ほかの人に良く効く薬があったり、速やかに治る人がいても、それを自分と比べる必要はありません。禍福はあざなえる縄のごとし(幸・不幸は複雑に組み合わされておりだれにも推し量ることはできない)、あせらず自分に向いた健康法・予防法をみつけましょう。
絶対的な体力では若い人に負けるとしても、チャレンジ精神を忘れないようにしましょう。いくつになっても新しい経験をし、知的・肉体的な冒険をすることです。自分の世界を広げている実感があれば大きな自信になります。それが不安感を軽くすることにつながるのです。
笑うことがからだにいいことは医学的に確かめられています。でも、何がおかしくて笑うのかは考えるほどナゾです。赤ちゃんはちょっとしたことで笑顔になり、見ている人たちも思わず微笑みます。海外のジョークやお笑い番組を見ると何がおかしいのか全然わからないことがありますし、若手のお笑い芸人さんの話が笑えないこともよくあります。笑わせる人も見る人も気持ちにゆとりがあれば、笑いが生まれやすい気がします。
子供のころ、お化けや幽霊の話が大好きで、テレビに出てくる怪談映画や、雪男、宇宙人、消えた大陸の謎、狼男やドラキュラの話をドキドキしながら見ていました。今でもこういう話は好きですが、すべてほんとうだと思っているわけではありません。でも、子供だましだ!と片付けるつもりもありません。「目に見えるものは信じるが、見えないものは信じなくていい」とは言い切れないからです。
誰の目にも見えないが、みんながあると知っているものってなんでしょう?ことばの中には無数の例があります。たとえば「社会」「文化」「歴史」といったことばがあらわすものはまったく目には見えません。また、点や線といった数学用語、重力や電磁波といった物理学の専門用語があらわすことも目で見ることはできません。数学や物理に興味がない人でも、冷蔵庫やエアコン、スマホを使っているはずです。こういった機械を私たちが使える理由は、目に見えないが実際には存在する概念や知識の基本があるからです。
「見えない」からないわけではないとなると、「みんながあると思えばある」のでしょうか?過去の歴史をひもとくと、当時の人たちが「ある」と思っていて、後で「ない」とわかったことがたくさんあります。昔の人は無知だったからと言うのは簡単ですが、100年後の未来にあたりまえなことは、今の人には全く信じがたいことかもしれません。こう考えてくると、「見えなくてもある」と証明するためには、なにか根本的に納得できる解決策が必要ということになります。
子供のころに熱中した話の出どころを突き詰めていくとほとんどが誰かのほら話、伝説やねつ造であることを知り、ちょっとがっかり、ちょっと安心しました。しかし中には真剣な話もあり、シベリアの収容所から歩いてインドに脱出した人の体験談の中に雪男が出てきたときにはおどろきました。何か月もの間、苦難の中を切り抜けていく様子が克明に描かれていて、この人が軽々しく「雪男見たぜ!」と証言するとはとても思えません。しかし、誠実な人の証言は100パーセント正しいと言い切ることもまた危険なのです。
何年か前ですが、六甲山縦走のときです。きつい登りの最中に、木々の間から建物が見えました。さああと少しだ!と登ってみても建物はさっぱり見えず、さらに1時間上ぼり休憩所につきました。はっきり「見えた」建物は幻覚だったのです。山岳レースの練習中にも、青いテントがあると思ったらなかったとか、人がいると思って近づくと誰もいなかったり、といった経験をしました。疲労が重なり、脱水や低血糖のため脳の機能が落ち、幻覚を見たのだと思います。ほかにも薬物の影響や強く興奮する出来事が続くときに、ふつうの人でも幻覚を見ることがあります。最近の脳科学の研究から、人間はありのままを見ているのではなく、脳が解釈したものを「見ている」ことがわかってきました。幽霊やお化けの話には、こういった脳が内緒で行ういたずらが関係しているのかもしれません。
一方、まったくないにもかかわらず、実際に大きな影響がおきることもあります。集団で体調を崩して救急病院に入院し、原因を調べてもさっぱりとわからないケースがあります。一種の集団ヒステリーのようなもので、食中毒や環境汚染などその場にいる人たちが不安を感じる理由があるとき、一人が体調を崩すなど何かのきっかけがあれば、不安がストレスとなり、実際に集団で症状をおこすことがあるのです。状況は異なりますが、オイルショック後のトイレットペーパー買い占め騒動や冷静に見れば根拠のない株式の大変動など、理由がなにもないのに世の中に大きく影響を与えたできごとが少なからずあるようです。見えないどころか本当に何もないのに現実の影響がおきるならば、見えないものの真偽の判別はさらに難しくなります。
このように見えないものを知るということは、パッと思う以上に簡単ではありません。ところが疲労、吐き気、痛み、しびれのような医療で扱う症状のかなりの部分は「見えない」ものです。見えないものを扱うとき、医学を科学のなかまだとするなら、科学実験や機械の設計図のように理詰めで探求していくことが基本となりますが、患者さんに説明、納得してもらうプロセスが必要になります。しかし、見えないものをどのようにうけとるかは人によってちがうので、ときに理解してもらうことが大変です。長い間その人なりに生きてきたことで培われた考えが強固なために、ほかの考え方が受け入れられなくなっている場合もあります。
また人間の体は複雑なブラックボックスで、同じ薬や治療法が全員にうまくいくわけではありません。ときにはまったく根拠のない治療法が「効く」こともあり、一つ一つの体験談にたよらず医療のかじとりをするのはなかなか大変です。「見えない」ものの中から確かなものをみつけていくことがいかに難しいか。毎日これを実感しています。
身長196センチ、体重94キロ、今季限りで引退を表明したジャマイカの陸上短距離選手、ウサイン・ボルトの歩幅です。側弯症の不利をはねのけ達成した100メートル9秒58の記録は不滅です。本人はサッカー選手に転身したいと話しているそうですが、今度はサッカー場で姿が見れるかもしれませんね。